■自己防衛は計画的に♪
【123,456HIT記念リクエスト大会】
Saiさま からのリクエスト/留学決定後、同居の謎解明話(プレうぃーんシリーズ)
夢印さま からのリクエスト/ベッドがひとつの謎解明話(プレうぃーんシリーズ)
※このお話は短編「ハプニング」の設定を流用しています。未読の方はそちらからどうぞ。
猛勉強の末、見事ウィーンの某音楽院に合格した香穂子。
一緒に受験した梁太郎も、もちろん合格している。
既に高校も卒業し、秋の入学を控え梅雨時期には語学学校に通うため渡欧することになるのだが──
旅立つ前にやらねばならないことがいくつかある。
まずはあちらでの居住地探し。
これは留学支援団体を通じて探しているのだが、『隣同士の2部屋』というのがネックになっているのか、いまだ見つかったという連絡はない。
そして香穂子にとっては致命的ともいえる料理の腕をなんとかすることである。
人間、生きていくためには食べねばならない。
日本ならスーパー、コンビニ、ファストフード、デリバリーとなんとでもなるだろうが、異国の地での食環境がどうなっているのかなんて皆目わからない。
たとえウィーンでもテイクアウトものが豊富だとしても、そんな生活をしていたら食費もかかりすぎるし、身体も壊しかねない。
人が生活している以上、マーケットはあるだろうからやはり自炊をすべきである──
そんなわけで、ウィーンへ行くまでの間、母による香穂子のお料理特訓が行われることになった。
家で台所を手伝うことはほとんどなかった香穂子ではあるが、小中高と調理実習を経験しているからまったく何もできないというわけではない。
ただ、ヴァイオリンを始めてからは指を傷つけることを極度に避けるためか、野菜ひとつ刻むにも時間がかかりすぎる。
刻むテンポが悪いから、傍で見ていると怖ろしく危なっかしく見えるのだ。
つい手と口を出してしまいそうになるのを娘のためと必死に堪える母の忍耐力はいかばかりか。
そして食材を切った後は調理である。
味つけしかり、煮加減、焼き加減しかり、調理する人間の勘と経験がモノを言う。世のお母さん方は『適当』においしい食事を作るものである。
音楽に対する勘はピカイチな香穂子であったが、料理に関しては残念ながら発揮されることはなかった。料理の経験値が激低なのもいわずもがな。
普段の食事の時間よりずいぶん遅くなってからテーブルに並べられた、思わず眉をひそめてしまうような料理の皿を見つめながら、
母はシンクにあった計量スプーンをうっかり投げそうになってしまっていた。
会社から帰宅した香穂子の姉・志穂子は、ダイニングテーブルに並んだ皿を見て、げっそりと肩を落とした。
「………また……香穂子が作ったのね……」
はふ、と溜息を漏らし、カクンと項垂れる。
確かに、母がついているだけあって味は悪くはない。
味は悪くはないのだが、見た目が致命的。
料理というものは味覚だけでなく視覚でも味わうものだというのに、ひと口口に運ぶだけで相当な勇気を要する食事なんて、精神衛生上好ましくないことこの上ない。
ストレスは溜まる一方なのである。
とぼとぼと自室に戻り、スーツから部屋着に着替えた志穂子は、ダイニングの一席によろよろと腰を下ろし。
「………いただきます」
と手を合わせ、箸で摘み上げたひと口分を睨みつけて、再び溜息を零す。
どこかから勇気をもらおうとぐるりと見回せば、父と母は黙々と料理を口に運んでいた。
これを作り出した妹はしょんぼりと俯いていて今にも泣き出しそうで、これ以上文句を言うのがかわいそうになってきた。
── 何のために留学するんだか。
内心で溜息を吐いた時、ピンッと妙案がひらめいた。
── そうよ、その手があるじゃないっ!
志穂子は湧き上がってくる勇気を武器に、目の前の料理を胃に収めることに専念した。
一方、土浦家で社会人一年生となった姉・奈津美が残業により夜食と呼んでいいほど遅い夕食を済ませた頃。
「あんたまた料理の腕上げたわね……ムカつく」
重ねた皿をドンとシンクに置く。洗う気はさらさらないらしい。
「そりゃどーも……つか、自分で食った皿くらい自分で洗えよ」
「やーよ、着替えてもないし残業でクタクタなんだから。梁、あとはよろしくぅ♪」
ひらりと手を振って、椅子に置いてあった通勤用のバッグを掴む。
ちょうどその時かかってきた携帯に出ると、
「わぁ、お久しぶりです〜♪」
などと大きな声でしゃべりながら、自分の部屋へと引き取っていった。
はぁ、と溜息ひとつ、梁太郎はスポンジを手に取った。
ここ最近、土浦家では一番時間に余裕のある梁太郎が家事一切を引き受けて(押し付けられて)いるのである。
一人分の皿を洗い終え、シンクの水滴も布巾で拭き上げて。
ちょっとした満足感を感じつつ自室へ戻ろうとしたところに、風呂場へ向かう奈津美が2階の部屋から下りて来た。
すれ違いざまに梁太郎の顔を見てニッと口の端を上げる。
「……?」
梁太郎は首をひねりながら、階段を上がっていった。
* * * * *
数日後の午前中、簡易防音室でヴァイオリンの練習をしていた香穂子の元を訪れたのは、休日で家にいた姉・志穂子だった。
「あんた、今日の午後、時間ある?」
「えと、午後は駅前のホールにオケ聴きに行くから、2時くらいには家を出るけど……」
食事の件で罪悪感を感じている香穂子はやけにおどおどしていて、志穂子は思わず出そうになる苦笑を噛み殺した。
「それって、梁太郎と?」
「え、あ………うん」
「じゃあちょうどいいわ。お昼おごったげるから支度しなさい」
「えっ!?」
そして連行されていったのは駅前のとある喫茶店。ランチメニューに定評のある知る人ぞ知る名店である。
そこには──
「あっ、志穂子さーん! こっちこっち!」
奥の席で手を大きく振って呼んでいるのは梁太郎の姉・奈津美。その向かいには『なんで?』と目を見開く梁太郎が座っていた。
「ちょっ……どういうことだよっ !?」
「あんたたちに話があるのよ」
姉に食ってかかろうとした梁太郎に答えたのは彼の姉ではなく、志穂子の方だった。
彼女は躊躇うことなく奈津美の隣に腰を下ろす。
さして広くもない店内でずっと突っ立っているわけにもいかず、香穂子も空いている席── 梁太郎の隣に腰を下ろした。
「お、お姉ちゃん、これってどういう──」
「まあまあいいからいいから。先にお昼食べちゃいましょ」
そう言って勝手にランチコース4人前を注文する姉。
香穂子と梁太郎は思わず顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
どうでもいいような話ばかりでランチは進み、食後のコーヒーを飲んでいると。
「── じゃあ、そろそろ本題に入ろうかしら」
カップを置いた志穂子が居ずまいを正したので、釣られるように香穂子と梁太郎も背筋を伸ばす。
何を言われるのかという不安に、知らず生唾を飲み込んで。
「── あんたたちのウィーンの部屋、決めてきたから」
「「………………………はあっ !?」」
フリーズ持続時間からリアクションまで、実に見事なシンクロっぷりに姉ふたりは思わず吹き出していた。
「だから、あんたたちがウィーンで住むアパート、決まったんだってば」
「なっ、なんでそんなことを姉貴と志穂子さんが…?」
梁太郎が疑問に思うのも当然だろう。アパート探しは専門家に依頼しているのだから。
「あんたたちがアパート探し頼んでるとこに知り合いがいてね──」
『知り合い』というのは正確ではない。
実際は『音大出身の奈津美の先輩の恩師の教え子の後輩が留学する時にお世話になった人』というのが正解である。実に遠い関係なので、あえて口には出さない。
「あんたたちが出してる条件、ちょっと変えたらすぐに見つかったわよ」
「心配しなくても別々のアパートってわけじゃないから」
にっこりと笑う姉ふたり。
『隣同士の2部屋』という条件しか出していないのに『条件を変えた』というのが多少気にはなるが、『隣は無理でも同じフロア』くらいならまあいいかと思い直しつつ、
難航していた部屋探しを姉たちが解決してくれたことには香穂子も梁太郎も内心感謝し、安堵もしていた。
が。
「隣同士で2部屋ってのがなかなか難しくてね〜」
うんうん、と頷いて、コーヒーをすすり。
「だから、1部屋にしといたから♥」
ぶはっ!
同時にコーヒーを噴いた二人に姉たちが紙ナフキンを投げてよこす。
「家具付きなんですって。あ、もちろんピアノもね。独立した防音室になる部屋が2つあるから練習にも問題ないし。こんないい条件の物件、他にないわよ?」
「い、いや……それはさすがにマズくないっすか……」
真っ赤に染まった顔に散った茶色の水滴を拭き拭き、梁太郎が唸った。
「あら、男女のルームシェアなんてそんなに珍しくもないじゃない。それにどうせあんたたち、“そういう”関係なんでしょ?」
コーヒーカップがガチャンと派手な音を立てた。梁太郎がテーブルに突っ伏したせいである。
隣で香穂子は真っ赤な顔を手で覆って、これ以上ないくらいに俯いている。
「まあ、今現在そうじゃないとしても、二人で海外に行って近くにいたらどっちかがどっちかの部屋に入り浸って、ゆくゆくは“そう”なるのは必然ってもんでしょ。
だったら部屋なんて最初から1つでいいじゃない。経済的にもいろいろとメリットがあるし」
「い……いや、でも……」
「あ、お父さんたちのことなら心配しなくていいわよ。既に説得済みだから」
ねー、と顔を見合わせ笑い合う姉ふたり。
姉二人による両親説得極秘プロジェクト。
土浦家では、『大事なお嬢さんを預かるなんて』と渋った両親が『いいじゃない、どうせうちのお嫁さんになる人なんだし。ちょっと時期が早くなったと思えば?』
という奈津美の言葉であっさり了承し。
日野家では、ちょくちょく家に来ていた梁太郎を『うちのお婿さん』と密かに呼んでいた母はすぐに賛同し、さすがに渋っていた父も最後には折れた。
地方の大学に通う弟(香穂子の兄)が帰省して父と酒を酌み交わした時に“酔った勢いで『お父さんはな、大学時代、学内のマドンナと一緒に暮らしてたんだぞ』と自慢(?)した”
という弟情報を突きつけたのである。(※『マドンナ≠母』なので母には内緒)
さらに『自分はよくて、娘はダメだなんて……』と半眼で言われてしまえば父も折れざるを得ない。
「─── そういうことだから♪」
役目は果たした!とばかりに実に満足げな志穂子。
実は内心、『よし、これで香穂子の料理人決定! さらば!絶体絶命な食生活! ようこそ!ストレスフリーな食生活!』
なんてことを考えているのは共犯の奈津美ですら知らないことだった。
この計画を持ちかけた時、彼女には単に『二人一緒にいさせたほうが、支え合っていくだろうから安心だし』としか伝えていないのだ。
「じゃ、私たちは帰るわね」
伝票を掴んでレジに向かう志穂子に続き、奈津美も席を立つ。
しばらくの間『どちらが払う』という問答が聞こえた後、奈津美の『ごちそうさまです♪』という声が聞こえて来た。
今後の心の安息が手に入った志穂子にとって、4人分のランチ程度の出費など惜しくないのだ。
姉たちが去ってしばらくして、香穂子と梁太郎も店を出た。
ふらふらとホールへ向かい席に着いたものの、ヨーロッパの有名オーケストラの演奏は急転直下の出来事に混乱しまくっている二人の耳にはまったく聞こえていなかった。
* * * * *
その後、まるで結婚を控えたご両家のような食事会なんかが行われ。
すっかり家族ぐるみのお付き合いとなった香穂子と梁太郎がウィーンへ発つ日がやって来た。
空港では両家の家族全員に見送られて機上の人となったふたりは、異国への期待や不安よりも、押し寄せてくる気疲れにぐったりと座席に身体を沈め。
10数時間後、到着したウィーンの空港から地図を片手にアパートに辿り着き、管理人にたどたどしいドイツ語で挨拶をして鍵を受け取り、いざ“例の”部屋へ。
一歩中に足を踏み入れれば、広いリビングに詰まれたダンボール箱、ひっそりと佇むグランドピアノ。
今日からここで新しい生活が始まる── わくわくする気持ちを抑えきれず、部屋の中を探検する。
リビングの両側の壁にドアがひとつずつ。
独立した防音室になる部屋が2つ── 姉たちからそう聞かされていたから、なるほど、と納得する。
と、左側のドアを開けて中に入った香穂子が、わぁ、と声を上げた。
梁太郎も誘われるようにして扉の中へ入ると──
「── 洗面所とトイレとお風呂が一緒になってるんだね〜」
「っ………」
こちらのドアが水周りだとすると……残るはあと1部屋。
香穂子をそこに残し、梁太郎はもう一つのドアへと向かった。
「ぬわっ…!?」
ドアの先はリビングよりずいぶん狭い部屋。そこにデーンと置かれたダブルベッド。
『防音室×2』=『寝室×2』だと思っていた梁太郎は思わず言葉を失った。
「……マジかよ……」
頭をガシガシと掻いているところに、香穂子がやってきた。
梁太郎の背中越しに部屋の中を見て、
「っ! こ、これって……」
呟いて、ぽっと頬を赤く染める。
「……今さら騒いでもしょうがねぇだろ……荷物、片付けようぜ」
ぽんぽん、と香穂子の頭を軽く叩いて、梁太郎は部屋中の窓を開け放っていった。
その頃日本では、姉たちが『重大な秘密』を知った妹・弟の驚いた顔を想像しながらほくそ笑んでいた。
『寝室&ベッドも1つ』という事実を知っているのは、現地に行った二人以外では姉たちだけなのだ。
彼らが留学生活を無事終えるまで、何が何でも秘密を守り通さねば、と意気込みを新たにする日野姉・志穂子。
そう、ウィーン同居生活の全ては妹の出発までの数ヶ月が我慢できなかった『姉』という生き物のわがままと横暴によってもたらされたものなのであった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
非常手段に出てしまいましたっ!
捏造ネタのオンパレードっ!
日野父の過去も勝手に作っちゃった、てへっ♪
完全パラレルということで笑って許してください。
ほんっとに掲載が遅くなってしまって、リク主のおふたりには申し訳ありません。
おまけに勝手にリク合併させてるし……。
部屋もベッドも1つになった理由は同じもの、としか考えられなくて。
ふたりとも自分から『一緒に暮らす』と言い出すとは思えないし、
そうなると第三者が強引に、しかないだろ、ということで。
お待たせした割にたいした話が書けなくて、本当にごめんなさい。
Saiさま&夢印さま、リクエストありがとうございました。
【NOTICE】
このSSは、リクエスト主さまに限り、お持ち帰りフリーです。
サイトをお持ちの場合、掲載していただいてもかまいません。
その場合、当サイトへのリンクは任意としますが、このSSが『神崎悠那』作であることを
必ず明記してくださいますよう、お願いいたします。
【2008/07/24 up】