■a quarrel 土浦

【111,111HIT記念リクエスト大会 第2弾】
 愛姫さま からのリクエスト/喧嘩のあとの仲直り

 ある日の昼休み、昼バスケを終えた土浦梁太郎は友人たちとカフェテリアに来ていた。
 4月から音楽科に編入した土浦は遠くなってしまった校舎への距離も考えて残り時間でさっと食べられるラーメンを注文し、空いた席を探す。
 と、フロアの一画に食後のおしゃべりに花を咲かせる女子生徒2人組を見つけて顔をしかめた。
「おっ、日野さんと天羽さんじゃん。あそこ行こうぜ」
 昼バスケ仲間のひとり、実川俊が目敏くふたりを見つけ、そちらへ向かっていく。
 困惑を隠しきれない土浦が立ち尽くしている間に、実川はふたりに話しかけ、同じテーブルの空いた席に腰を下ろした。
「おーい、土浦! 照れてないで早く来いって!」
 実川の手招きしながらの大声で土浦の存在に気づいた香穂子の顔がすっと険しくなった。
 目が合った瞬間、香穂子はふいっと視線を逸らす。
 土浦は、ちっ、と思わず舌打ちひとつ。
「じゃあ天羽ちゃん、放課後に。実川くん、またね」
 打って変わってふわりと花の咲いたようなにこやかな笑みでそう告げるとすっと席を立ち、土浦の方へ一瞥すらやらず、 モスグリーンのボックスプリーツのスカートを翻してカフェテリアを出て行った。
 ふぅ、と小さな溜息を零し、土浦はテーブルに着く。
「……もしかして、冷戦中か?」
「土浦くん、今度は何やらかしたわけ?」
「やらかしたって、あのな……お前らには関係ない。ほっといてくれ」
 天羽の責めるような視線を無視して、土浦は黙々とラーメンをすする。
「何が関係ない、よ! あんたには前科があるんだからね。懲りずにまたあの子を泣かせるようなことがあったら、この天羽さんが許さないよ!」
 天羽が力任せに拳をドンとテーブルに叩きつける。振動でガチャリと食器が音を立てた。
 2年生の3学期、音楽科への転科を決めた土浦は、2年間音楽科で勉強してきた生徒に遅れをとりたくない一心で自分の勉強に没頭するあまり、香穂子を放置してしまったことがある。
 コンミス試験のコンサートで大変な日々を送っている上に、放っておかれても自分に対する裏切りとも言える噂を聞いてもけなげに彼を信じていた香穂子。
 そんな彼女の姿を知っているだけに、天羽が憤るのも当然だろう。
「あんたねぇ、いい加減自分があの子の彼氏だってことを自覚しなさいよ! つまんないことでいつまでも意地張ってたら、そのうち愛想尽かされても知らないからね!」
「いやー、今のは日野さんの方が積極的に土浦を無視してたけどなー」
「なによっ、実川くんはこの唐変木の味方する気 !? あーもうっ、これだから男ってのは──」
 ヒートアップしていく天羽の怒りを遮るように、おもむろに土浦が席を立つ。
 トレイの上の器の中には、いつの間にか麺はおろかスープの一滴すら残っていなかった。
「── これは俺とあいつの問題だ。お前らにごちゃごちゃ言われたくねぇ」
 憮然とした声でそう言い捨て、食器を返しに行く土浦。
「ちょっ…! なによあの態度っ! まったく、香穂ってば、あんな男のどこがいいんだろ? あんなヤツさっさとお払い箱にして、新しい彼氏見つければいいのに!  香穂と付き合いたいって思ってる男子なんて山ほどいるんだから!」
「うわ〜天羽さん、過激ぃ〜……」
 震え上がる実川をよそに、天羽は怒りの炎をメラメラと燃やすのだった。

*  *  *  *  *

 放課後、天羽は正門前の妖精像の前で香穂子を待っていた。
 カフェテリアで昼食を一緒に取った時、買い物につきあって、と香穂子に誘われたのだ。
 香穂子には珍しく有無を言わせないほど強引な誘いではあったが、もちろん天羽は喜んでOKした。
 今思えば、冷戦中の土浦に対する鬱憤晴らしのつもりだったのだろう。
「よーし、今日はとことんつきあっちゃうっ! ……にしても遅いなあ、香穂……」
 腕時計をちらちらと気にしつつ、前を通り過ぎていく生徒たちの中に待ち人を探すものの、本日最後の授業が終わってから既に20分は経っているというのに香穂子が姿を現す気配はない。
「ふむ、教室まで迎えに行ってやるか」
 天羽は帰宅する生徒の流れに逆らい、音楽科棟へ向かう。
 購買があり、イベントの時にはホールとしても使用される普通科棟のエントランスとは違い、音楽科棟のエントランスはこぢんまりしている。 星奏学院は海外様式を採用しているので上履きに履き替えることはなく、よって下駄箱はない。純粋に出入口としての機能しかないエントランスだ。
 そこから1階にある3年生の教室の方を眺めてみる。
 と、香穂子の教室である3-Aから険しい顔の土浦が出てきた。
「── ちょっとっ! 放してよ! 痛いってばっ!」
 続いて出てきたのは香穂子。土浦に手首を掴まれ、ずるずると引きずられていく。必死に抵抗しているものの、あの体格差では香穂子に勝ち目はないだろう。
 ふたりが向かったのは、方向からしておそらく── 練習室。
「ちょ……なによ、あれ !?」
 天羽は一大事!とばかりに、ふたりの後を追った。

 ふたりが練習室のひとつに入っていくのを確認して、天羽はそのドアまで駆け寄った。
 しばらく様子を見て、何事か緊急事態が起きた時には踏み込んでやろう、と決意して。
 立ったままでは扉の細長いガラス窓から自分の存在がバレてしまうかもしれない、と扉の前にしゃがみ込む。カバンをそっと壁に立てかけ、 手を伸ばしたドアレバーをゆっくりと動かし、そっと扉を押す。
 数ミリ開けた隙間からは、防音のしっかりした扉の厚みのせいで中のふたりの姿は見えないが、これ以上開ければ気づかれてしまうだろう。 とりあえず音声だけでも聞こえれば中の様子は把握できる。
 そして天羽はドアの隙間に押し当てた耳に全神経を集中させた。

*  *  *  *  *

「── これだけは譲れないからね!」
 窓を背にした香穂子が、目の前にいる土浦を睨み上げながら言い放つ。
「これだけこれだけって、お前の『これだけ』はいくつあんだよっ!」
「いくつあったって、譲れないものは譲れないのっ!」
 香穂子の鋭い視線をものともせず、土浦も香穂子を見下ろす目に力を込める。
 双方一歩も引かないという意思が、強い口調に表れている。
 と、土浦は呆れたような溜息を吐き、
「お前な、いつまでそうやってワガママ言ってるつもりだ?」
「なーにがワガママよっ! 言いたいことがあったら言えって言ったのは梁太郎でしょっ!」
「また蒸し返すのかよ……ああ、言ったさ。けどな、俺はお互いに言って、どうするかはふたりで考えようって言ったはずだぜ?」
「いくら考えたって、いつまでも平行線じゃない!」
 香穂子はくるりと身体を翻し、土浦に背を向け視線を窓の外へ移す。
 しかし、空の青さも、学校の敷地と外の世界を遮断するように青々と生い茂る木々の緑の深さも、今の彼女の目には映ってはいない。
「……もういいよ、好きにすればいいじゃない。私だって好きにさせてもら───っ !?」
 土浦はいきなり香穂子の肩を掴んで引っ張る。バランスを崩して倒れそうになったところをすかさず抱き止め、驚いて目を見開いている彼女の唇を、 それ以上しゃべらせないとばかりに自分の唇で塞いだ。
「んーーーーっ!」
 土浦の胸をドンドンと叩いたり、ぐいぐい押したりして足掻く香穂子。しかし、土浦は香穂子の頭の後ろと腰を大きな手でがっちりとホールドしていて、彼女の力ではびくともしない。
 しばらくすると、香穂子の身体が茹でた野菜のようにくたりと力を失った。
 ゆっくりと唇を解放してやると、香穂子は耳の先まで真っ赤に茹で上がった顔を、土浦の胸にぽてりと落とす。
 土浦は彼女の身体をしっかりと抱きしめ直すと、彼女の首筋に顔を埋めた。
「あのさ……お前の興味あることとか、好きなこととかをお前と共有するのは、俺だって楽しいし、嬉しいよ。お前がそれを喜んでくれるなら、なおさらな」
 身体から直接響いてくる土浦の低く静かな声が、香穂子の心にじわりと沁みていく。
「だが、俺だって俺の好きなことをお前と共有して、お前にも喜んでほしいと思う……そういうの、嫌か?」
 胸に額をこすりつけるように、香穂子の頭が動く。その動きは否定の意味である横の動きだったことに、土浦はほっと安堵の息を小さく吐いた。
 一瞬、ぎゅっと強く抱きしめた後、香穂子の肩をそっと掴んで身体を離し、いまだ赤いままの顔を覗き込むようにして──
「じゃあ、来週の土曜はサッカー観戦、日曜が映画ってことでいいな?」
「……梁太郎と気まずくなるくらいなら、舞台挨拶は我慢するよ」
「よし、んじゃ決まりな。もう文句は言うなよ?」
「わかってるって」
 ふたりが久しぶりに笑顔を見せ合った時、きちんと閉めたはずの扉がガチャリと音を立てて閉まった。

*  *  *  *  *

 頭の中にインプットしてある情報を瞬時に検索する。
 来週の土曜日といえば── 確か市内の競技場で海外のクラブチームと日本のクラブチームの代表の親善試合があったっけ。元サッカー部の土浦くんなら、見に行かずにはいられないか。
 そういえば香穂の好きな俳優の主演映画がその日封切で、初日の舞台挨拶にその俳優が来るから絶対行くって言ってたな。
 ってことは── サッカーか、映画かでケンカしてたワケぇ !?
 天羽は脱力のあまり、その場にぺたりと座り込んでしまった。
 支えを失った扉が閉まり、がちゃりと音を立てた。
 次の瞬間、がばっと大きく扉が開き、
「……んなところで何やってんだ、天羽?」
 不機嫌全開の土浦が顔を出す。ただし、顔が真っ赤に染まってバツが悪そうなので、いつもよりは迫力に欠ける。しかし、気の弱い人間が身を震わせるには十分の殺気を漂わせているが。
「ひぇっ !? や、その、土浦くん、いたんだ〜、あははははっ!」
「……出歯亀なんて趣味の悪いことしてんなよ」
「むむっ、バレちゃあしょうがない……それは謝るよ。でもね、私としては香穂のことが心配だったんだよ。ほら、昼休みのあんたたち、ものすごく険悪そうだったからさ」
 う、と言葉に詰まり、視線を逸らす土浦。
 天羽は、よっ、と掛け声をかけて立ち上がり、はたはたとスカートをはたいて埃を落とす。壁に立てかけたカバンを拾い上げて、胸元に抱えた。
「ま、あんたたちのケンカが深刻なものじゃなくて安心したよ」
「ごめーん、天羽ちゃん」
 土浦の背中からひょっこり顔を出した香穂子が、鼻先で両手を合わせる。
 天羽は、今度駅前の喫茶店のケーキ1個で許す!とウインクひとつ、香穂子に送り。
「そういうことで、『犬も食わない』と言われる夫婦喧嘩を食っちゃいそうになった天羽は、これにて失礼いたします。それではご機嫌よう」
 真面目な顔でうやうやしくお辞儀をし、天羽は練習室棟を出て行った。

「……にしてもあいつ、どこからどこまで見てたんだ…?」
「あ、あはは……明日にでも、それとなく聞いてみるよ……」
 土浦は頭をがしがしと、香穂子は頬を指でぽりぽりと掻きながら、苦笑を浮かべた真っ赤な顔を見合わせるのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 『土浦と香穂子が些細なことで喧嘩して口をきかなくなるが、
  それに痺れをきらした土浦が強引に香穂子と仲直りをしてしまうような甘いお話』
 というリクエストだったんですが、お応えできてますでしょうか?
 相当くだらない原因じゃないとシリアスになってしまいそうなので、
 あたしの思いつく限りのくっだらねーケンカをさせてみました(笑)
 愛姫さま、リクエストありがとうございました。

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【2008/04/05 up】