■Happy Life【おまけ】
「バカとは何よ、バカとはっ!」
「うるせぇ、ほんとのこと言っただけだろっ!」
暴れる香穂子を逃がすまいと、梁太郎はますます腕に力を込めて、その細い身体を締め上げた。
どんどんエスカレートして、最後には格闘技の様相を呈してくる。
しばらくじゃれあっていると、疲れてしまったのか、香穂子の身体からふっと力が抜け、梁太郎の胸にもたれて動かなくなった。
「大丈夫か?」
ぽんぽん、と子供をあやすように背中を優しく叩いてやりながら尋ねると、香穂子はこくりと小さく頷いた。
「…ねえ」
「ん?」
そっと顔を覗き込めば、香穂子は静かに瞼を閉じている。
そして。
「── 晩ご飯、何にする?」
「ぶっ」
思わず吹き出し脱力する。学生時代からの食い気はいまだ健在。
香穂子を閉じ込めていた鉄壁の檻は脆くも崩れ去り、力なくソファの上にぼとりと落ちた。
「もう晩メシの心配かよ。まだせいぜいおやつの時間だろ」
「えーっ、だって買い物行かなきゃ、冷蔵庫の中空っぽだよ?」
「それは、俺にも買い物に付き合え、ということか?」
「もちろん」
「さくさく勉強しろっつったのは、どこの誰だ?」
「ここの私」
香穂子は自分の鼻先を指差しながら、ニコリと笑う。
邪気のない笑顔に降参、である。
梁太郎はホールドアップの形に手を上げて、小さく溜息を吐く。
「わかった……あと1時間したら付き合ってやる。その間にメニュー考えとけよ」
と、香穂子は跳び箱でも飛ぶかのようにしてひょいっとソファに飛び乗り、膝立ちのまま梁太郎の首にふわりと腕を回した。
さっきまでとは逆、今度は梁太郎が香穂子の腕に捕らえられた。
「なんでもいい? なんでも作ってくれる?」
「はぁ? 作るのはお・ま・え」
「えーっ、さっき『俺が作る』って言ったじゃなーい」
「お前の大切な『儀式』なんだろ? 『土浦香穂子』サン?」
「そうだけどー」
言うんじゃなかった、とぶつぶつ呟きながら、香穂子が頬を膨らませた。
梁太郎は書斎へ向かうべくソファから腰を浮かせ── 途中、ふと思いついて中腰のまま動きを止める。
「…気が変わった」
首にぶら下がったままの香穂子は頭の上に『?』を浮かべて小首を傾げた。
「買い物には付き合ってやるから、先に俺に付き合えよ」
「いいけど…、何?」
「俺の『儀式』」
「梁にもそんなものがあったの?」
香穂子の頭上の『?』が数を増していく。
「お前が『土浦香穂子』に戻ったかどうかの確認」
「へ?」
ニヤリと笑みを浮かべた梁太郎は、ひょいと香穂子の身体を掬い上げ、軽々と抱きかかえた。
歩き出した梁太郎の向かう方向に気づいた香穂子は掴まっていた肩をぺちぺち叩き、
「ちょ、ちょっと、まだ『おやつの時間』だよ?」
「それがどうした?」
「わーっ! 買い物ーっ! 晩ご飯ー!」
足をばたつかせて暴れる香穂子をものともせず、梁太郎は歩を進める。
そして、2人を飲み込んだ寝室のドアが、パタンと軽やかな音を立てて閉められた。
〜(今度こそ)おしまい〜
【プチあとがき】
ふふふっ、気づいちゃいましたね、このページに。
ま、普通気づくよね、『おしまい』に『?』ついてるし、リンク張ってあるし。
ごめん、ちょっと悪ノリしちゃった。てへっ。
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【2007/10/27 up】