■愛しのディーヴァ【おまけ】 土浦

 文化祭も終わり、浮き足立った雰囲気も収束しつつあったある日の昼休み。
 土浦梁太郎は昼食の調達のため、購買のあるエントランスを訪れていた。
 購買の横にざわざわと人だかりができている。
 パンを買う生徒の列に並びながら、土浦は長身を生かして、少し踵を上げてざわめきの元を覗き込んだ。
 壁一面に貼られているのは── 番号が振られた文化祭の時のスナップ写真。
 その前に置かれた小さな机の上には、申込用紙らしき紙の束と筆記用具が置かれている。
 『ああ、噂に聞く報道部の資金源か』
 口の中で小さく吐き捨てると、土浦は興味なさげに列の先に目を向けた。
 ふいに聞こえてくる男子生徒の会話。
「── やっぱ、あれ、いいよな〜」
「うんうん。あの絶対領域、たまんねーよな〜」
 『絶対領域』?
 耳慣れない言葉に、土浦は頭の中に蓄積した情報を探る。
 数学だろうか? それとも物理?
 人によっては生理的に拒絶したくなるらしい2科目に、『たまんねー』という感想が生まれるだろうか?
 脳内検索に引っかからない言葉に混乱しながらも、知らず会話の続きに耳を傾ける。
「スカートとニーソックスの、あの絶妙のバランス!」
「そうそう! あれが1センチ広くても、1センチ狭くてもダメなんだよな〜」
 あーなるほど、あの時のドキドキは………じゃなくて、それって、もしかして……?
「あーでもスカートの下がショートスパッツってのがな〜」
「お前エロいなー、何期待してんだよ。オレはあれはあれでアリだと思うぜ?」
 もしかして、なんてものじゃなく。
「にしてもさー、あのパフォーマンスの翌日にうっとりモノのヴァイオリンだろ?」
「うんうん、そのギャップがまたたまんねーよな〜」
 土浦は食糧調達の列から離脱し、普通科2年の教室に駆け上がる。
 ガラリと勢いよく開いた扉は2年1組。
「おい天羽! エントランスの写真、今すぐ剥がせ!」

 まだお互いの気持ちを確認しあったわけでもないのに、嫉妬と独占欲に熱くなる土浦だった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 ひとつ賢くなった土浦くん(笑)

【2007/04/02 up】