■子猫のワルツ #09
梅雨の合間。
購買で調達したパンを手に、衛藤はそこそこ気の合う友人と共に屋上へと向かっていた。
まるで久しぶりの日差しを求める植物のようだ、と思えばなんだか可笑しくもあるが、人間とて日光浴は大切なのである。
何より、学院の屋上からの眺めは最高なのだ。
重い扉をギッと押し開けた途端、にぎやかな声が耳に飛び込んで来た。
「── おっ、学院の有名人が大集合じゃん」
ひゅぅ、と友人が口笛を吹く。
見ればそこには春の花見よろしくレジャーシートの上で昼食の真っ最中の、音楽科と普通科の制服が入り混じった一団の姿があった。
「ん〜〜っ、おいしいっ! 最高っ!」
叫びつつ箸を空に向けて高く上げたのは、日野香穂子。
「……卵焼きくらいでそこまで感動するか、普通?」
隣に座る土浦梁太郎が呆れ顔で同じような卵焼きを口に入れる。
「香穂っ、私にも食べさせてっ!」
と香穂子の弁当箱に箸を伸ばすのは『スッポンの天羽』こと報道部所属の天羽菜美。
そんな光景をニコニコと見守っているのは加地葵と冬海笙子。
そして、どこか無我の境地で黙々とおにぎりにかじりついている志水桂一である。
なんでレジャーシート、などと思いつつ呆然と眺めていると、
「あ、桐也くん?」
立ちすくむ衛藤に気づいた香穂子が、上げていた手でひょいひょいと手招きした。
「これからお昼だったら仲間に入らない? お友達くんも一緒にどうぞ〜♪」
はい、詰めて詰めて〜、とシートの上で正座したまま移動して、スペースを空けてくれた──
のはいいのだが。
香穂子が躊躇うことなく梁太郎の方へと身体を寄せたことにムッとする。
友人は能天気にも『おじゃましま〜す』と言いながら、さっさと靴を脱いでシートに上がり込んだ。
動かない衛藤に向けられる視線は概ね歓迎ムード(1名を除いて)だったので、彼も諦めて同席することにして、空いていた香穂子の隣へ腰を下ろした。
居心地悪い思いをしながらも、パンの入った紙袋を開いていると、
「── あ、ほんと、おいしい!」
香穂子から奪った卵焼きを頬張り、天羽が声を上げる。
「でしょでしょ〜」
嬉しそうに顔を綻ばせる香穂子。
彼女の膝の上にある弁当箱を横目で見下ろしてみた。
確かに色良く配置されたおかずはおいしそうで、もう一切れ残った卵焼きはとりわけおいしそうに見えた。
「あ、桐也くんも食べてみる? おいしいよ〜」
弁当箱の中を覗き見していたことがバレてしまって、恥ずかしさに頬がカッと熱くなる。
が、誇らしげに差し出された弁当箱の中の卵焼きは、まるで衛藤を誘っているように見えた。
おいしそうだから、というのもあるが、彼女の手料理が食べられるという誘惑には勝てない。
衛藤は、サンキュ、と口の中で呟いて、卵焼きを摘んで口に入れた。
味は見た目を裏切らなかった。
甘すぎない絶妙な味付けで、卵焼きってこんなにおいしかったんだ、と思わせるものだった。
それは彼女が作ったものだから、なのかも知れない。
そんな感慨に耽っていると、
「ね、おいしいでしょ?」
思いがけず間近に覗き込んでくる香穂子の顔にドキリとしながら、
「ま、まあいいんじゃないか? 合格ってことにしといてやるよ」
照れ隠しにそっけなく答えてしまう。
と。
「ほら〜、やっぱり誰が食べてもおいしいんだよ── 梁太郎の作った卵焼き♪」
「ごふっ」
香穂子の爆弾発言に、衛藤は思わず口の中の物を飲み込んでしまった。
飲み込み方が悪かったのか、咳き込んで止まらない。
大丈夫?と慌てて背中をさすってくれる香穂子の手を振り切って、衛藤はシートを降りて出口を目指した。
すいません、俺も失礼します!、と後ろで友人が席を立って追いかけてくる気配。
「あれ〜、梁太郎作のお弁当は破壊力抜群?」
「お前な……」
「あははっ、彼、香穂の作ったお弁当だと思って食べたのが土浦くん作だったのが相当ショックだったんだよ」
最後に聞こえた天羽の言葉がグサリと胸に刺さる。
料理は女がするものだ、とは言わない。
名だたる料理人のほとんどは男だ。
だが。
……なんか悔しい。
音楽の才能があって、スポーツもできて、その上料理まで。
やり場のない悔しさは、彼の手の中のパンを紙袋ごと握りつぶしていた。
その日の夕方、駅前の本屋の料理本コーナーに佇む衛藤の姿があったとかなかったとか。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
何か書かなきゃ、と無理矢理ひねり出してみました。
んー、土浦さんの出番、セリフ2つだけ?
ちょっと同じパターンが続いているので、次回は変えなければ……
【2009/06/23 up】