■感謝をこめて
学校が終わってアパートに帰ったら── メイドがいた。
「なっ !? おおお、お前っ、なんつーカッコしてんだよっ !?」
思わずどもりながら指差した先にはモジモジと恥ずかしげに佇む香穂子の姿。
「えっ、やっぱり似合ってない !?」
スタンドカラーの胸元には飾りボタン。ふわりと膨らんだ袖の黒いワンピース。
印象はかっちりとしているのに、いかんせんスカートの丈が短すぎる。
腰に巻くタイプのエプロンはこれでもかというほどフリフリで。
短いスカートからすっきりと伸びる足は膝が隠れる白いソックス。足元はエナメルの黒い靴。
頭のてっぺんにレースの飾り。
どこからどうみてもメイドさんスタイルだった。
── マジでヤバい……可愛すぎて鼻血出そう。
梁太郎は思わず鼻と口をがばっと手で押さえて目を逸らした。
「うぅ、やっぱり見るに耐えない……とか? ……せっかく天羽ちゃんが送ってくれたのに」
「はあっ !? なんで天羽がっ !?」
バッと両手で口元を覆い、ぷるぷると首を振っている香穂子。
梁太郎はつかつかと香穂子の前まで進み、彼女の両手首を掴んで顔から引き剥がす。
「何企んでんだ? とっとと白状してもらおうか?」
香穂子はぷるぷると首を振る。
掴んでいた手を彼女の頬へと移し、うにょーんと引っ張った。
「ほれ、包み隠さず言ってみろ」
「むーーーーー」
今度は香穂子が梁太郎の両手首を掴む。元々それほど力をいれて摘んでいたわけではないので、彼女が横に少し引っ張っただけで梁太郎の手は彼女の頬から簡単に外れた。
「だ、だから……梁にはいつもお世話になってるし、どうしたら恩返しできるかな、って天羽ちゃんにメールで相談してて……」
「恩返しって……お前は鶴か?」
「違うわよっ! お、男の子って、こういう格好、好きなんでしょ?」
梁太郎は思わず額に手を当て、天井を仰いだ。
── そりゃ嫌いとは言わないが……ったく、わざわざ日本からこんなもん送ってくるなんざ、どういう思考回路してんだよ天羽のヤツ。
心の中ではぼやきながらも、心臓はバクバクと激しく脈打っている。
だからね、と香穂子は頬を桜色に染めながら梁太郎の腕をキュッと掴んで、
「── 何でもお申し付けくださいませ、ご主人様♥」
はにかむ笑顔は梁太郎に会心の一撃を与えた。
『ほんとに何でも申し付けていいんだな !?』と念を押したくなるのを必死に堪え、
「…………水」
「へ?」
「だから、水。俺、帰ってきたばっかりで、喉渇いてんだよ」
「あ、そっか……かしこまりました♪」
嬉しそうにくりんと向きを変え、冷蔵庫へ向かっていく香穂子。
── うわっ、そんなに勢いよく振り返るなっ! スカートが広がって、中が見えるだろっ!
アヤシイ気分になりそうで、梁太郎は慌てて洗面所へと飛び込み、冷たい水で乱暴に顔を洗うことで気を紛らわせる。
顔を拭いてリビングに戻ると、
「お待たせしました、ご主人様♪」
トレイに乗せてきたコップをローテーブルに置き、そのトレイを胸に抱えてにこりと笑う香穂子。
「……サンキュ」
なるべく彼女を視界に入れないようにして、梁太郎はソファへ腰を下ろした。
コップになみなみ注がれたミネラルウォーターを一気に飲み干し、カンッと音を立ててテーブルへ戻す。
「おかわりはいかがですか、ご主人様?」
「……その『ご主人様』っての、やめようぜ」
「えー、せっかくメイドさんなのに」
「だから──」
梁太郎はボスボスッとソファの隣を叩く。意味を理解して、香穂子がローテーブルを回り込んで彼の隣にちょこんと腰掛けた。
次の瞬間、香穂子は梁太郎の腕の中。
「── お前がここにいてくれるだけで十分。俺の方が感謝したいくらいだ」
「梁……」
もぞもぞと身体を動かし、香穂子は梁太郎の肩にぽすんと顎を乗せた。手はそっと彼の背中へ。
「いつもおいしいご飯、ありがとね」
「どういたしまして」
「素敵なピアノ聞かせてくれて、ありがと」
「ああ、リクエストも受け付けるぜ」
「それから──」
「ん?」
「── 幸せな毎日をありがとう」
『こちらこそ』の代わりに彼女の背中に回した腕に力を込めた。
「けどな」
「なぁに?」
「── 夜なら大歓迎だぜ、その格好」
囁いた途端ドンッと突き飛ばされ、間髪入れずクッションが顔に直撃。
「なっ、なに言ってんのっ! 梁のバカーっ!」
普段着に着替えるため寝室に駆け込む彼女の耳が気の毒なほど真っ赤に染まっていて、梁太郎ははじけるように大笑いした。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
某所にお礼としてUPしてたもの。
1週間経ったので拍手お礼へ流用(汗)
なんでメイドかというと、なんとなく、としか……
常日頃の感謝の気持ちが詰め込んである、はず。
ラスト付近の土浦さんのセリフは反転してお楽しみください(笑)
【2009/10/15 up/2009/10/22 投票お礼より移動/2009/11/19 拍手お礼より移動】