■痛みの理由 土浦

※注意※
  このお話はお子様注意報発令中です!
  お子様、及び下ネタ系がお嫌いな方はスルーしてくださいませ。

 昼休み、ヴァージニアは校内のカフェテリアの申し訳程度に設えられたオープンテラスで香穂子と共に昼食を楽しんでいた。
 食べることが大好きな香穂子は、食事時は大抵超ゴキゲンなのだが、今日の彼女はなんだか少し違う。機嫌が悪いわけではないのだが、表情も冴えないし、動作も緩慢なのだ。
 パートナーとケンカしていた昨日までは確かに荒れていたけれど、仲直りしたとの報告を受けたし。
 風邪で寝込んだのはもうずいぶん前だけれど、もしかしてまたぶり返したのだろうか?
 心配になって、彼女の様子を覗いながら食後のお茶を楽しんでいると、
「── 日野」
 後ろから声をかけてきたのは、ヴァイオリンケースを提げた一人の男子学生。
 名前は 『レン・ツキモリ』。
 学年は違うが同じヴァイオリン科ということで、ヴァージニアも何度か話したことがある── というより香穂子と彼が話しているのを聞いていた、というべきか。
「先日話した楽譜を持ってきたんだが」
 日本語で話しているせいでヴァージニアには理解できず、手持ち無沙汰のあまり目の前のカップをもてあそぶ。
「わぁ、ありがとう!」
 と、椅子から勢いよく立ち上がろうとした香穂子が、う゛、と唸って途中でその動きをピタリと止めた。
「ど、どうしたのカホコっ!」
「どうした、日野?」
 ヴァージニアのドイツ語と月森の日本語の声がハモる。
「だ……大丈夫、だから…っ」
 片手をテーブルにつき、もう片方の手を腰に当て、ドイツ語で唸る香穂子。
「ちょ……ちょっと腰が痛いだけだから」
 苦悶と照れ臭さの混ざった苦笑を浮かべ、ゆるゆると腰を下ろし、ふぅ、と息を吐く。
 なるほど、腰痛に苦しんでいたために動きが鈍くなっていて、違和感を感じたのだろう。
 と考えたところでヴァージニアはピンと来た。
「はは〜ん……」
「……なによ、ジニー」
 ちろりと意味ありげな視線を送りながらトンと肩をぶつけてやると、香穂子は顔をしかめて。
「カホコ、昨日リョウと仲直りしたって言ったわよね?」
「そ、そうだけど……?」
「そういう時って燃えるのよね〜♪」
 ヴァージニアの粘りつくような笑みに何かを悟ったのか、香穂子はボンッと爆発したかのように顔を赤らめ、
「ちっ、違うってばっ!」
「── 喧嘩のことは聞いているが……彼女たちが仲直りするとなぜ腰を痛めるんだ?」
「「えっ !?」」
 突然割り込んできたのは月森。
 未知のものを必死に理解しようとするのだが、全く理解できずにイラついている、といった表情で。
「いや、そ、それはねっ──」
「やだー、わかんないのぉっ?」
 ガバッと立ち上がったヴァージニアは月森の腕を引っ張り、少し身体を曲げさせると、その耳元で何事かを囁き始めた。
 香穂子も立ち上がって二人を引き剥がしたいのだが、痛む腰がそれを許してくれず。
「ジニーっ、月森くんに変なこと吹き込んじゃダメーっ!」
「── おい、なに一人で騒いでんだよ」
 香穂子の絶叫の後、ふいに聞こえてきたのは今まさに話題の中心人物である土浦梁太郎本人だった。
「あ、あのね…っ」
「── 土浦」
 椅子から立てずに慌てふためく香穂子をよそに、梁太郎の前に立ちはだかった月森。梁太郎は怪訝な顔で彼と対峙して、
「どうした月森、顔赤いぞ? お前も風邪か?」
「……君は彼女を何だと思っているんだ…?」
「はぁ? なんだよ、唐突だな。人がせっかく心配してやってんのに」
「…俺より日野のことだ。君も少しヴァイオリンを弾くならわかるだろう? 僅かな傷でも演奏に支障が出る。腰を痛めたら、その影響はどれほどのものか」
「あー、そりゃまぁな── で、どうだ、腰?」
 のん気な声で香穂子に向かって問いかける梁太郎。
「……湿布が効いてるみたい。静かにしてれば大丈夫…」
「そっか、よかったな」
「…よかった、では済まないだろう? 話を逸らさないでくれないか」
 ほっと安堵の笑みを浮かべた梁太郎に、再び食ってかかる月森。
 梁太郎も眉間に皺を刻んで再び月森に視線を戻した。
「……おい、何絡んでんだよ」
「絡んでいるわけじゃない。君が彼女の身体に負担をかけるようなことをしているのが許せないだけだ」
「負担って……もしかして昨夜のことか? それなら、こいつが『自分がやる!』って張り切ったせいだぜ?」
「っ!」
 途端に月森の顔の朱が濃くなった。
 彼の反応の訳もわからず、梁太郎は救いを求めるようにチラリと香穂子へ視線を移すと、香穂子が真っ赤に茹で上がった顔で、ものすごい勢いで手招きをしていた。
 彼女の傍へ移動して、椅子から立ち上がれないでいる彼女の口元に耳を寄せる。
 と、香穂子がごにょごにょと耳打ちをして。
 ボンッ、と爆発したかの如く、梁太郎の顔が真っ赤に染まった。
「なっ! んな誤解、さっさと解けよっ!」
「だってっ、言わせてくれないんだもんっ」
「あのな月森っ! こいつが腰を痛めたのはくしゃみのせいなんだよっ!」
「……は?」
「昨夜、こいつがシュガーポット倒して中身を床にぶちまけたんだ。んで、『自分で掃除する』っつって掃除機かけてる時に前屈みの状態のまんまくしゃみして、 腰をグギッとやらかしたんだよ」
「……………………」
 梁太郎の釈明にすっかりフリーズしてしまった月森。
 横では延々と日本語で行われた会話から取り残されていたヴァージニアが香穂子から成り行きを小さな声で通訳してもらい、期待はずれで呆れ返り。
「………人騒がせな」
「どっちがだよっ!」
 ── 今日も彼らは平和であった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 くしゃみで腰、実話です。
 あたし本人ではないですが、掃除機かけながらくしゃみしてぎっくり腰になった、
 という方がいらっしゃいまして。
 そして。
 月森さんは、そっち方面には疎いはず!
 でもちょっぴり知ってる。
 そんな感じで(笑)

【2008/06/26 up/2008/07/02 拍手お礼より移動】