■となり
深夜。
アパートの一室でずるずると何かを引きずる音。
風邪っぴきの香穂子にベッドをゆったりと使ってもらおうと、梁太郎が今夜の寝床にするべくソファを移動させていたのである。
2人掛けのソファに長身の梁太郎。
尺は合わないが、一晩くらいなら平気だろう── 明日は休日だし。
開け放った扉から射すリビングからの光だけを頼りに、ベッドの隣にソファを押し込め、身体に掛ける毛布をクロゼットからそっと取り出して。
薄闇の中、香穂子の顔を覗き込み、様子を窺う。
結局、友人たちがいる間にトイレに行った後、一度も目を覚まさなかった香穂子。
食事もしていないし、薬も飲んでいないのが心配だが、昼間ほど辛そうな表情ではないことにほっとする。
きっと身体が睡眠を欲していたのだろう。
額に貼った冷却シートを替えてやりたいのだが、いかんせんこういうものは時間が経つと肌にぴったりと貼り付いてしまっている。
下手に触ると起こしてしまいそうなので、そのままにしておくことにした。
リビングの明かりを消しに行こうとベッドの傍を離れた時、
「ん……」
小さな呻き声。
それから、ぽすぽす、と軽い音がする。
ベッドの方を見れば、寝返りを打って横向きになった香穂子が伸ばした手でベッドの空いたスペースを探っていた。
そこは、普段なら梁太郎がいるはずの場所。
ベッドの上に片手をつき、覗き込むようにして香穂子の頬にかかった髪をどけてやる。
「うぅ……」
うなされているのか、彼女の眉間にはくっきりと皺が刻まれていた。
「香穂?」
「ん……りょ…う…?」
小さく呼びかけると、意外とすぐに反応が返って来た。
目は開けぬまま。
それでも眉間の皺は消え去っていることにほっとする。
「気分はどうだ?」
香穂子はベッドの上を探っていた手を梁太郎の方へと伸ばしてきた。
心細かったのだろうか。梁太郎はそっとその手を握ってやる。
と、香穂子は口元にふっと笑みを浮かべ、再びすぅっと眠りの中へと戻っていった。
「おいおい…」
眠っているというのに、手を握る香穂子の力は結構強い。
しかし無理矢理振りほどくのも憚られて。
「しょうがねぇな」
リビングの明かりがつけっぱなしなのが気にはなるが、梁太郎はごそごそと香穂子の隣に潜り込む。
ソファの大移動も無駄になったらしい。
なにより、弱っている時に頼ってくれて、自分が隣にいることが彼女にとって当たり前になっているらしいことが無性に嬉しい梁太郎であった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
ナース土浦の看病日記(笑)
【2008/06/10 up/2008/06/16 拍手お礼より移動&ちょびっと加筆】