■その頃、彼らは… 土浦

「── で、結局あいつら、なんだったんだ?」
 ヴァージニアとルークが帰った後、4人分のティーセットを洗っていた梁太郎がぽつりと呟いた。
「なにって……お茶に誘ったんだもん、お茶しに来てたに決まってるじゃない」
 梁太郎の隣で水切りカゴに伏せられたカップを布巾できゅっきゅと拭きながら香穂子が笑う。
「いや、そうじゃなくてさ」
 ふたりの住むアパートから2ブロックほどしか離れていないところに住んでいるルークはわかる。彼らもアパートで一人暮らしをしているのだからスーパーにいたのも不自然な点はない。 しかし、地下鉄で3駅離れたところに住むヴァージニアがこの近辺にいて、尚且つルークと一緒だったというのは…?
「やあねぇ、鈍感♥」
「うおっ !?」
 おもむろに香穂子にドンと腰をぶつけられ、すすいでいたカップを落としそうになった。
「いきなり何すんだよ、危ないだろうが」
 ごめんごめん、と言いながらも、香穂子はニマニマと笑っている。考えていることが一目瞭然だ。
「デートしてたんだよ、あのふたり」
 ── やっぱそう来たか。
「きっとあの食事の日に出会って、恋に落ちたんだわ♪」
 ちらりと見れば、布巾を胸元できゅっと握り締め、目をキラキラさせている。
 香穂子はそう言うが、梁太郎にはそんな風には思えなかった。
 スーパーで何やら言い争っていた彼らに声をかけ、振り返ったときのふたりの顔。
 あれは絶対に陰謀が露見した時の『しまった!』という顔だった。
 最後の皿を洗い終え、梁太郎はソファへと移動し、どさりと腰を降ろす。
「なんかステキよね〜♪ 私の友達と梁の友達がカップルになっちゃうなんて♥」
 何がそんなに楽しいのか、香穂子は終始ニコニコしながらすべての食器を拭き終えて棚に片付けると、梁太郎が座るソファまでぱたぱたと駆けてきて上へひょいと飛び乗った。 彼の方へ向いて正座をして、下に手をついて身体を乗り出し彼の顔を覗き込んでくる。
「4人でダブルデートとかできるよね♪」
「はぁ? ダブルデートって……付き合い始めの中学生かよ」
 ふと、梁太郎は考える。
 そういえば最近は『デート』と言える外出をしていない。出かけるといえばスーパーへの買い出しくらい。
 もしかすると、彼女は友人たちのことに便乗して不満を訴えているのではないだろうか、と。
「どっか……行きたいとこでもあるのか?」
「へ? ううん、別に」
 きょとんとした顔でぱちくりと瞬きを繰り返す香穂子。
「別にって……したいんだろ? その……ダブルデートってヤツ」
「うん、学校のカフェテリアで4人でお昼ご飯とか、楽しそうじゃない?」
「それって、デートとは言わなくないか?」
「そんなことないよ。大事なのは『場所』じゃなくて『一緒にいる時間』なんだもん」
 ── こいつには敵わないな。
 生まれた不安は一瞬にして消え去っていた。
 手を伸ばし、香穂子の頭をくしゃりと撫でる。
 香穂子はくすぐったそうに首を竦めた。
「……お手軽なヤツ」
「えへへ、そうかな?」
「ま、そのうち休みにみんなでどっか出かけるのもいいかもな」
「え〜?」
 なぜか香穂子は不満そうに唇を尖らせる。
 と、折り曲げていた身体をすっと伸ばすと、梁太郎の上に倒れこむようにして細い腕を彼の首に巻きつけた。
「香穂?」
「── 平日は勉強で忙しいから、休日くらいは家で梁とのんびりこうしてたいな……」
 耳元で聞こえた小さな小さな呟き。
 梁太郎は返事の代わりに、彼女の華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 友人たちがらぶらぶだと思った香穂子さん、
 自分も土浦さんとらぶらぶしたくなった模様(笑)

【2008/05/27 up/2008/06/03 拍手お礼より移動】