■よくある巡り合わせ【後編】
「いやー、それにしてもリョウが来てくれて助かったぜ」
学校に程近いバイスルに向かいながら、隣を歩くルークがしみじみと呟いた。
「はぁ? なんだよそれ」
「それがさぁ、オレ、ヴィオラ科にダチがいるんだけど、そいつが一目惚れしたらしくてな。今日はそいつと相手の子と引き合わせるためにセッティングしたってわけだ」
「……ってことは、女が来るのか?」
「おう! こっちが5人、向こうも5人。気に入った子がいたら、お持ち帰りしてもいいぜ?」
梁太郎の顔を覗き込み、ニヤリ、と口の端を上げるルーク。
── 合コンかよ。
心の中で吐き捨てて、梁太郎はくるりと踵を返した。
「うわっ、リョウ! どこ行くんだよっ !?」
「……悪いが、俺はそういうのには興味がないんでな。帰らせてもらうぜ」
「わーっ! ちょ、ちょっと待てって!」
ルークは慌ててダダッと梁太郎の前に回り込み、両腕を掴んで必死に引き止めると、遠慮がちに疑惑の眼差しで見上げてきた。
「ま……まさかお前って、ゲ」
「んな訳あるかっ! とにかく俺は帰るっ!」
失礼極まりない誤解を最後まで言わせず一蹴し、梁太郎はルークを振り払う。しかしルークも負けじと追いすがってきた。
「わ、悪かったって! 相手の女の子ってのが日本人なもんで、言葉が通じなかった時のためにドイツ語しゃべれる日本人がいたら連れて来てくれって頼まれててるんだよ。
頼むっ! オレを助けると思って一緒に来てくれっ!」
「……日本人…?」
日本からの留学生はそんなに多くはない。とはいえ両手両足の指で数えられる以上の人数はいるはず── 『まさか』と思いつつも心拍数はどんどん上がっていく。
そんな梁太郎の様子をルークは『興味を持った』と理解したのか、ほっとしたような顔でしゃべり始めた。
「オレもよくは知らないんだけどさ、相手の子、細身のロングヘアで目がぱっちりしてて可愛いらしいぜ。確かヴァイオリン科って言ってたっけか── のわっ !?」
梁太郎はルークの腕を掴んで、最初に進んでいた方向へと引きずっていく。
「お、おいっ、リョウっ !?」
「── 店、どこだ?」
「1ブロック先だけどっ」
嫌な予感はどんどん胸に広がっていた。
別人であってくれ、と祈りながらも、嫌な予感というものは不思議と当たるのだ、と梁太郎は奥歯を噛み締めるしかなかった。
そして。
「な、なんで──」
飲み込んだ言葉はもちろん『なんでこんなところに』ではなく、『なんでいるんだよ』。
到着し踏み込んだ店の奥、ブラウンの髪の男に手を握られ、迫られている香穂子の姿。
思わず出てしまった場違いな日本語に振り返った香穂子の目は、驚きのあまり真ん丸になっていた。
ガタンッ
男の手を振り払い、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった香穂子。
「あ、あのねっ、ここに連れて来られるまでこういうことになってるなんて知らなかったのっ」(※日本語)
皆の手前、必死に笑みを作ろうとしているのだろうが、うまくいかずに今にも泣き出しそうになっている。
そんな香穂子の表情を見て、梁太郎はすぅっと血の気が引いていくのを感じていた。
友人の誘いが合コンまがいのことだと最初からわかっていたら、香穂子はその誘いを断ったはず。彼女が言うことは嘘ではないだろう。
逆に香穂子からすれば、梁太郎がここにいることは『私がいないと思って羽目を外しに来たのね』と思われても仕方がないではないか。
「あ、いや、俺もこういう状況ってのは店の前で聞かされて……」(※日本語)
形勢逆転。
言えば言うほどしどろもどろになっていく。
なんとも居心地悪くなって、梁太郎はゴホン、と咳払いをした。
「あー、とにかく、食ったら帰るぞ。帰っても何もないから、しっかり食っとけよ」(※日本語)
「うん」(※日本語)
香穂子はへらりと笑うと、空気が抜けたようにすとんと椅子に腰を下ろした。
「ちょっとあんたたち! 何わけわかんない言葉で会話してんのよっ! ほらほら、全員揃ったんだから乾杯するわよっ!」
ヴァージニアの一声で合コン(もどき)は始まった。
* * * * *
意外にもここに集まったのは気のいい人間ばかりだったようで、打ち解けるうちに会話も弾んでいった。
さすがに音楽を学ぶ学生ばかりなので、話題の中心は音楽に関することばかりではあったが。
最初の日本語での会話から香穂子と梁太郎が顔見知りであることを悟ったそれぞれの友人がしきりに仕掛けてくる『あの人とどういう関係 !?』攻撃をかわしながら、
ふたりは極力食べ物を口に運ぶことに集中した。
ヴァージニアはなぜか梁太郎のことを『カホコの彼氏の友達』と判断したらしく、
『今日のこと彼氏にバラされちゃったらマズイかしら』とピントのずれた心配をしていたり。
ルークはずっと誘いを断られ続けてきた梁太郎と飲めるのがよほど嬉しかったのか、早々に酔いつぶれていたり。
今日の主役とも言うべきダニエルは飲み食いもおろそかにして、ぽぉっと頬を染めて香穂子を眺めていたり──
これには梁太郎も少々ムッとしたが、ただ眺めて満足しているらしく、特に害もなさそうなので放っておくことにした。
『ヴィオラ弾きにはこういうタイプが多いのか?』と苦笑しつつ。
賑やかな合コンは全員の満腹により終わりを告げ、ワリカンで支払いを済ませてとっぷりと日の暮れた店の外へ。
それぞれが思いの外楽しい時間を過ごせたせいか、また集まろうね、と約束して散っていく。
その時。
「カ、カホコ!」
切羽詰った声に、帰宅の途に就こうとしていた全員が足を止めた。
同じく足を止めた香穂子の元に駆け寄ってきたのは、当然のことながらダニエルだった。
「あ、あのっ、この近くに雰囲気のいい店があるんだ。よかったら一緒に行かない?」
「え……わ、私、もうお腹いっぱいだし……今日は帰るよ」
気を持たせるような言い方をする香穂子に、隣にいた梁太郎は小さく溜息を吐いた。ズバッと断れないのは彼女の優しさでもあるのだが。
「そ、そうか……じゃあ送っていくよ!」
「え、えっと……」
言いよどんでいる香穂子にもう一度溜息を漏らすと、梁太郎は彼女の腰に腕を回し、ぐいっと引き寄せた。
「悪いがこいつ、俺のなんだ。帰るところも一緒だから、送りは必要ないぜ」
「えと、そ、そういうことなので……ごめんなさい」
珍しく大胆な梁太郎の行動に最初は驚いていた香穂子も話を合わせてやんわりと、且つきっぱりとダニエルの誘いをお断りする。
「そんなぁ……」
ちょっとした爆弾発言によって起こったどよめきをBGMにしてずるずると崩れ落ちていくダニエルに背を向けて、ふたりはぴったりと寄り添ったまま歩き始めた。
背後で『大丈夫 !?』『気を確かに!』なんて声が聞こえてきて。
あまりに滑稽で、梁太郎は思わず、ぷっ、と吹き出していた。
「あ、梁ってば、酔ってるでしょ?」
柄にもなく人を驚かせるのが楽しいと思っているあたり、確実に酔っているのだろう。
「……かもな」
こんな合コンまがいの集まりに二度と引っ張り出されることがないように、学校でも『こいつは俺のものだ』ともっと自己主張してみるか。
そんなことを考えるのも、きっと酒のせいだ。
「いや、やっぱ相当酔ってる」
「うそっ、大丈夫っ !?」
香穂子の腕が支えるように腰に回されたのを感じて、梁太郎は『ほんとに酔ってたら、多分ここで人目も憚らず抱きしめてるだろうな』と苦笑するのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
書いてるうちに、何を書きたかったのかわかんなくなりまして(汗)
まあ、最後あたりでちょびっとでも萌えていただければ。
【2008/05/16 up/2008/05/21 拍手お礼より移動】