■DIY 土浦

 異国の地での暮らしは思った以上に大変で。
 何が一番大変かと言えば、やはり生まれてからずっと使い慣れてきた言葉が全く通じないということだろう。 音楽への情熱だけではどうにもならないこともある。もしも同居人がいなかったら、きっとそれだけで挫けて、この地から逃げ出していたかもしれない。
 そんなことを考えながら、土浦梁太郎はキッチンで日本で見慣れたものとは少し色味も形も違う野菜を刻んでいた。
「きゃあ♪」
 ふたり掛けの小さなダイニングテーブルの上に置いたノートパソコンでメールチェックをしていた同居人、日野香穂子が嬉しそうな奇声を上げた。
「何ひとりで騒いでんだ?」
「見て見て、これっ!」
 包丁を置き、香穂子の肩越しにディスプレイを覗き込む。
 そこに表示されているメールソフトの受信メール欄に『Aoi Kaji』の文字があった。
「加地からか。なになに……おっ、マジかっ」
 日本の大学に進学した加地からのメールには『夏休みにウィーンに遊びに行きます』と書かれていた。
「やった! 『みんなで鍋パーティ』が実現できるね♪」
「真夏に鍋かよ……季節はずれも甚だしいな」
「あぅ……それもそうだよね……」
 がくり、と項垂れる香穂子の頭にぽん、と手を乗せ── ようとして手が濡れたままだったのに気づいて、肘で軽く頭を小突いてやる。
 頭を押さえ、恨めしそうに見上げてくる彼女にニヤリと笑い。
「まあ、一度は一緒にメシ食いたいよな。加地がこっち来るまでまだ時間あるし、メニューは追々考えるとして……このテーブルで4人は狭いな」
「そうだよね〜」
 ふたりが使っているテーブルはふたり分の皿だけでいっぱいになってしまうのだ。おまけに椅子も2脚しかない。 ソファとセットのローテーブルもあるにはあるが、これもまたふたりで使うことを前提として買ったものなので、4人で使うには小さすぎる。
「……しょうがねえ、作るか」
 しばらく考え込んでいた梁太郎が、ぽつりと呟いた。
「え……作るって……テーブルを?」
「大人数用のテーブル買っても、その後の使い道がないだろ。邪魔にもなるし。だったら木材買ってきて間に合わせりゃいいさ。その方が安上がりだしな」
「さっすが梁!」
 香穂子は顔の前で合わせた手の指先だけで拍手を送る。が、すぐに顔を曇らせて、
「でもね……」
「ん? どうした?」
「テーブル作りよりも、まずは今日の晩ご飯を作っていただけませんでしょうか?」
 タイミング良く香穂子のお腹が、くぅ、と小さな悲鳴を上げる。
「ぶっ……さっすが香穂」
 大爆笑しながらキッチンへと戻る梁太郎の背中を、香穂子は恥ずかしさのあまり真っ赤に染まった顔で睨みつけた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 久しぶりに再設置してみたWeb拍手。
 ここでは留学中の土日の日常小話をシリーズ化してちまちまと書いてみたいと思います。
 『いんびてーしょんinうぃーん』『楽しい留学らいふ』の前だったり後だったり。
 今回は『いんびてーしょん〜』の前のお話になります。
 むふっ、せめてものお礼の気持ちをこめて。

【2008/04/18 up/2008/04/21 拍手お礼より移動】