■Confidential Message【25】 土浦

「── ってところで目が覚めたの」
「…………………………………………へぇ」
 街路樹も色づき始めた学校への道すがら。
 朝から少々ご機嫌ナナメ気味の梁太郎に笑い飛ばしてもらおうと、目覚めた時にはっきりと記憶に残っていた妙な夢のことを話して聞かせた。
 もちろん、さらに機嫌を悪化させそうな部分は端折って、だけど。
 彼は驚いたような呆れたような複雑な表情で黙り込み、しばらく経ってやっと短い相槌を打った。
 そりゃあまあ、私自身、変な夢だと思うし、あまりにご都合主義的な展開は自分でも呆れてしまうほどだから、梁太郎のそんな反応もよくわかるけど。
「……お前、そういう願望があったのか?」
「あるわけないじゃないっ!」
「だが、夢ってのは記憶や深層心理が表れるって言うぜ?」
「そんなことないってば! 音楽の道はそんな甘いものじゃないし、甘い話には裏があるって決まってる! それに私を巡ってバトルが起こるなんてありえないっ!」
 拳を握り力説する私の横で、がっくりと肩を落とし、溜息を吐いた梁太郎が『自覚ナシかよ』とポツリと呟いた。
「え、なに?」
「いや── とにかく、お前の深層心理はよーくわかった」
「だから違うってば!」

 しばしの沈黙。
 爽やかな秋の空気はどこまでも澄んでいて。
 見上げた空は青く、高い。
 ふと、上に向けた頭をちょっと傾げてみると、梁太郎の横顔が視界に入った。
 ……難しい顔をして、何か考え込んでいる。
 どうかした?、と声をかけようとした時、梁太郎が口を開いた。
「なあ」
「ん?」
「もし……俺と他の誰かがお前を賭けて勝負したら、お前どうする?」
 梁太郎は前を向いたまま、そう訊いてきた。
「どうするって……呆れるに決まってるじゃない」
「そうじゃなくて……もし、その勝負で俺が負けたら──」
 私は思わず、勢いよく地面を蹴っていた。
 宙で身体を捻り、梁太郎の前に立ち塞がるようにして両足で着地する。
 彼は、うおっ、と声を上げ、慌てて足を止めた。
「心まで変えられるわけじゃないもの、そんな勝負いくらしたって無駄に決まってるじゃない」
「……だよな」
 少しだけ、梁太郎の眉間の皺が薄くなる。
「でも」
 あ、また皺が濃くなった。
「絶対的な力によって、どうしても避けられない勝負をしなきゃならなくなったとしたら──」
「…………」
「── 梁が勝つって信じてる」
 彼はふっと笑みをこぼすと、サンキュ、と呟いて私の頭をくしゃりと撫でた。

 正門に生徒たちが吸い込まれていく。
 私たちもその流れに乗って正門をくぐろうとした時、見慣れぬ姿に思わず足を止めた。
 門柱のところに立っていたのはふたりの女性。
 日本人形のようなストレートの黒髪と茶髪のショートヘア。
 ふたりともキャリアウーマンっぽいスーツをびしっと着こなしている。
 立ち止まった私たちに向こうが気がつき、目が合った。
「「「「あ」」」」
 4人の声が見事にハモる。
 走るぞ!と梁太郎の短い指示が飛び、次の瞬間、彼に腕を掴まれた私は訳もわからずただ足を動かしていた。
 後ろから『ねえっ! あなた日野さんでしょ! ちょっと待って!』と声がする。
「りょ、梁 !? なんで──」
「面倒なことに巻き込まれたくなかったら、文句言わず走れ!」
 ど、どういうこと !?
 門の前に立っていたふたりの女性は、夢の中に出てきた人物にそっくりだった。
 クラシック・ライフ編集部の河野さんと── CMディレクターの松下さん。
 私の、夢、なのに。
 どうして梁太郎はふたりの顔を見て『面倒なこと』と決めつけて逃げてるわけ !?
 そして、音楽科棟のエントランスに飛び込み、問いただすこともできずに上がった息を整える私の耳に聞こえたのは──

「あんな思いするのは、夢の中だけでこりごりだ」

 ── という梁太郎の小さな呟きだった。

〜おしまい〜

【あとがき】
 祝・完結っ!
 最初はせいぜい5話くらいで終わるつもりだったのが、気づいてみればこんなに長々と。
 第1話が去年の10月にUPしてるので、足掛け5ヶ月。
 むはー、長かった。
 ええ、夢オチですよ、夢オチ。
 このラストを思いついてしまったがために、ここまで書き続けてしまいました。
 それにしても、ここまで引っ張ったわりに、なんて弱いオチなんでしょう…(泣)
 結局、香穂子さんと土浦氏は夢を共有してしまうほどの仲なんだよ、と(笑)
 長編を終えるたび、『やっぱプロット立てなきゃダメだよなー』と思いつつ、
 いつも行き当たりバッタリで書いてしまうので、後半失速してしまうのですが。
 今回もそんな感じで反省しきりです。
 ここまでのお付き合い、ありがとうございました。
 いろいろツッコミたい部分もおありでしょうが、さらりとスルーしてくださいませ。
 よろしかったらご感想などいただけると嬉しゅうございます。

 ちなみに──
 confidential【形】
 1.内密の、秘密の。a 〜 talk 内緒話。〜 papers 機密書類。
 2.信任を得ている、腹心の。the Premier's 〜 adviser 首相の腹心の顧問。
 3.互いに信じあった(ような)、打ち解けた。in a 〜 tone 打ち解けた口調で。

(三省堂・グローバル英和辞典より)

【2008/03/12 up】